AC(アダルトチャイルド)からの回復物語

私が、AC(アダルトチルドレン)の回復の取り組みに出会わなかった頃、人生において、うまくいかないことがあると、その犯人捜しばかりしていました。
あの人のせい、あの人が、あんなことを言ったから・・・等々
表面的には、穏やかで大人しいと言われながらも、内在的にいつも怒りを溜め込んでいました。
(ACとはもともとは依存症家族の中で育った子どものことを言いますが、依存症家族でなくても、今の生きづらさが、育った環境にあると自ら認めた人のことも、そう言います)

私のインナーチャイルドはいつもいつも、怒っていました

こんなはずじゃない!
なんでわかってくれないの!
もっと話を聞いてよ!
あなたに、何がわかるのよ?

何をやっても達成感を得ることは出来ないし、他者への信頼感もありません。慢性的な不信感は、周囲との関係性も偏ったものとなり、安心して話しのできる存在を渇望します。
そして、いつもいつも、自分の本当の気持ちに蓋をしながら、誰かにその蓋を外してもらいたくて、どんどん自分をこじらせていきます。

怒ってるインナーチャイルドは、いつしか人をコントロールしようと悪巧みをします

すごいね、って言われたい。
助かるよ!って言われたい。
ありがとうって言われたい。

そのために、大人の私は翻弄しました。子どもの頃から、周囲の顔色を読むことは得意中の得意技です。だから、目の前の人のニーズも瞬時にかぎ分けます。

いつしか、喜んでもらいたい、という行動では物足りずに、やりたくないこともやり、頼まれていない他人様の問題にまで首を突っ込み、自分の時間もお金も必要以上に消費しました。
そして、何より自分をすり減らていきました。
そのかわりに、「優しいね」「ありがとうね」「さすがだね」という報酬を得ることが出来ました。
そうして満たした承認要求は、一時的な満足感を与えてくれましたが、うわべの要求を満たしても、私のインナーチャイルドは満足することはありませんでした。
それは砂漠の中に打ち水をしているようなものでした。

一体なぜ、私のインナーチャイルドは満足しなかったのだろう?

それは私自身が、インナーチャイルドと向き合っていなかったせいです。
怒るインナーチャイルドは、なぜ怒っていたのか?
その怒りの源泉にきちんと向き合うことが出来ていませんでした。

親が私に何をしたのか?
兄が何に何をしたのか?
私は、本当は家族に何をして欲しかったのか?

家族のなかで、一番のチビスケの私は、良いこともあるし、不利なこともありました。家族の都合で、必要な存在、邪魔な存在と扱いが変わることを、小さな私は言語化することが出来ませんでした。
大人になった今、それは「理不尽な扱い」と言語化することが出来るようになり、私は、「理不尽への迎合」なしでは、原家族の中で、生きていくことが不可能でした。

子ども時代に感じた、理不尽への迎合こそが、私の怒りの原動力でもありました。

いつしか、無意識のうちに、理不尽への迎合をサバイバルのテクニックとして身に着け、無意識の中で、怒りの芽がどんどんと成長していきました。
怒りの原動力でありながら、それが無いと生きていけない、まさしく「生きづらさ」の正体でもあったわけです。

怒りの原動力を断ち切らなければインナーチャイルドの怒りは収まらない

長い時間をかけ、機能不全家族、共依存、依存症について、専門家の先生から何度も何度も学び、自らのグリーフ(深い悲しみを癒す)への手当も行い、ともに回復を目指す仲間と、語り合う場にも辿り着くことが出来ました。
回復の経過の中で、理不尽への迎合をして抱えた怒りとは違う、もっとほかの原動力を探さなければならないことへも気づきました。

両親を見送り、「三途の川の向こう岸にインナーチャイルドを投げた
そのお話は、過去の記事にてお伝えいたしました。両親との関係は、親がこの世を去ったことによって、共依存や抑圧、理不尽への迎合の問題が解消され、いつでも心の中で、相談できる、健康的な親子関係を結び直すことが出来ました。

そして、母の新盆の8月14日、突然に、私の兄が大動脈解離でこの世を去りました。

あまりに突然のお別れで、言葉もなく、原家族のなかで、私だけが、この世に取り残されてしまった感覚の中で、罪悪感、悲しみ、喪失感、あらゆる感情によって混乱しました。

笑っていたインナーチャイルドを思い出す

遠い記憶の中で、今はもう存在しない、育った頃の家を思い出します。
白いお家。芝生の庭の真ん中には、大きなヒマラヤ杉が植えられていました。
八重桜、ハナミズキ、雪柳、いろいろな花が咲き、花壇にはサルビアやチューリップも植えられていました。
チャボ、東天紅、アヒルを飼ったり、そのあとは、猫を飼ったり、動物たちの触れ合いも多い家でした。
四人で囲んだ食卓、旅行の思い出、面倒くさそうに、でも仕方なしに相手にしてくれた兄と一緒にいると、泣かされることも多かったけど、面白かった!

原家族を失って、家族の良かったところに、光が当たりはじめました。

新しい原動力は何か?

原家族に光が当たり始めると、笑っている私のインナーチャイルドに変化が起こりました。
それは、今まで持ちきれないほどの抱えていた怒りを手放して、手のひらにほんの少し残った怒りをクルクルッと丸めて、ポケットの中につっこんで、怒りに支配されない自分になっていました。

もう理不尽への迎合は生きるスキルに必要ありません!

そして、怒りからの解放されたことによって、生きづらさからの解放されました。
両親も兄も、肉体をもって、五感を通じて、この世で体験することがもう出来ません。

残った私は、生きているうちに、色んなことを体験したい、五感で味わいたいと思えるようになりました。
そう思える気持ちが、新しい原動力です。

怒りの原動力を手放して得たものとは?

うまく行かなくても、失敗しても、恥ずかしいな、と思っても、人のせいにしたり、犯人捜しのようなことは、もうする必要がなくなりました。
さらに、「恥ずかしい」という恥の概念も、怒りと同じように、小さな分量になっていることに気が付きました。

生きづらさの正体は「自分がここにいてもいいのか?」という強い自己否定感もありました。だから、間違ったり、失敗などしようものなら、消えてしまいたい、いつもそう感じて、緊張感を抱えて生きていました。

そんな生き方を、私のインナーチャイルドはもう望んでいません。

機能不全の家族に苦しみ、そこで身に着けた「理不尽への迎合」という生き方によって、自分自身を追い込んで、消耗してきました。
今はもう、笑いあうことも出来ない家族全員と、イメージの中で会話をし、楽しかった出来事を思い出しながら、インナーチャイルドがもう怒っていないことを実感しています。
もう怒る必要もなくなりました。
過去の出来事は変えることは出来ませんが、その過去に振り回され、過去を言い訳に生きていくことも手放しました。

突然に旅立った兄もそろそろ彼岸に辿り着く頃です。

そしてこの時期に彼岸花も咲き始めました。白い彼岸花は「また会う日を楽しみに」という花言葉だそうです。

私はまだ、こちらで、回復の体験を伝えていかなければなりません。さまざまな悩みに寄り添いながら、お話を聞いていかなければなりません。
私はこれからも人生の課題に取り組みながら、回復を続けていきます。

いつか家族で、また会う日には、今度は心置きなく、語り合いましょう。


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