日本一のフィニッシングスクールの体験から見えた品格という在り方

品格と「品がある」ということ。
その違いを考えるとき、私には忘れられない経験があります。

私にとって品格とは、
内なる自分の光、そのものです。

すでにそこにある光が、
静かに、そして確かに輝いていくように
育てていくもの。

それが品格だと捉えています。

マナーやエチケット、所作。
それらは学び、身につけることで整えることができます。

けれど、それは「品の良さ」や「上品さ」であって、
品格とは少し違うものです。

品格は、外側から身につけるものではなく、
内側から育っていくものです。

かつて私は、東郷学園という
フィニッシング・スクールに通っていました。

~東郷学園時代、裏千家ハワイセミナーにて。
塩月弥栄子先生と。
塩月先生は、私たちを「東郷のお嬢」と呼んでいらっしゃいました。~

短大を卒業してすぐの一年間、
そこで学びました。

いけばなは草月流の家元、
茶道は裏千家のお家元のお姉さま、
料理はフランス料理、日本料理ともに一流の先生方。

今振り返っても、
これ以上ないほどの恵まれた環境で、
「品よく振る舞うこと」を学ばせていただきました。

その経験自体は、
今でもとても貴重なものだったと感じています。

けれど、その中で私は、
今でも忘れられない違和感を覚えた出来事がありました。

いけばなの授業で、桜の枝を使ったときのことです。

授業が終わると、
使われなかった花のついた枝が、
次々とゴミ箱に入れられていきました。

花が咲いているのに、捨ててしまうのか。

その光景に戸惑い、
担任の先生に尋ねたこともありましたが、
特別に問題とされることではありませんでした。

私はその場で何もできず、
ただその光景を見ていることしかできませんでした。

あのときの感覚は、
40年近く経った今でも、ふと思い出すことがあります。

この出来事をもって、
「品格がない」と言いたいわけではありません。

けれど、
上品に振る舞うことや、品を身につけることと、
本来の品格とは、どこか別のところにあるのではないか。

そんな感覚が、心に残りました。

どれだけ外側を整えても、
自分の内側が満たされていなければ、
どこかに違和感が残る。

当時の私は、
外からの評価や反応を基準にして生きていました。

その中で、
自分の内なる光に気づくことは、
まだできていなかったのだと思います。

東郷学園での学びは、
とても価値のあるものでした。

けれど、それだけで
品格そのものが育つわけではなかった。

品格について本当の意味で意識し始めたのは、
ごく最近のことです。

今、子どもに品格を身につけさせたいと
願う親御さんも多いかもしれません。

言葉遣いや感謝を伝えること、
人の気持ちを理解すること、
時間を守ること。

それらはとても大切なことです。

けれど、それを「躾」として教えるだけでなく、
大人自身が内側の在り方と向き合い、
品格を育てていくこと。

それが、子どもにとっても
安心して自分を肯定できる土台になるのではないかと感じています。

品格は、外側から与えるものではなく、
内側から育っていくもの。

その光に気づき、
大切にしていくこと。

それが、「品格を育てる10のレッスン」の本を通してお伝えしたいことです。

品格は、外側から与えるものではなく、
内側から育っていくもの。

その光に気づき、
大切にしていくこと。

それが、この本を通してお伝えしたいことです。

いい人でいることで、疲れてしまったあなたへ。
その疲れは、自分を見失ってしまったのかもしれません。

嫌われない自分を選び続けてきたあなたは
誰よりも優しく、そして、誰よりも我慢強い人です。

その優しさを、
少しだけ自分に向けてみませんか。

自分の発言に自信が持てないあなた
周囲の声に振り回され、何が正解か見失っているあなた
自己肯定感が持てないあなた
人から良く思われたいあなた
品のいい人、上品な人と思われたいあなた

この本はあなたのために生まれました。

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